今回の知財活性化提言 ~第1回:自己開示~

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本ブログの第1回テーマとして、「私自身の自己開示」としました。
こういうと、「え、知的財産の活用に関する話じゃないの?」「お前のことなんかどうでもいいよ、知的財産の話が聞きたいんだよ!」
という方々もいらっしゃるかもしれませんが、まずはお読みください。
なぜ、私自身の自己開示をしようと思ったかというと、世間では一般的に、
・コンサルタントって、なんか胡散臭い。
・コンサルタントって、口ばっかりで何も生み出してくれない。
・コンサルタントって、絵に描いた餅=机上の空論ばっかりふりかざして、全然役に立たない。

といった経験をされた方も多々いらっしゃるかと思うのです。私もコンサルタントの端くれとして会社を設立したからには、
微力ながら「コンサルタントに対する負のイメージ」を払拭したいと思っています。
そのためには、まず私自身のことを信用していただき、私が何者で、どういった経緯をたどってコンサルタントになったのかを
皆様に知ってもらわなければならないと考えました。
ですから、今回は私のことをありのままお伝えいたします。少し長くなりますが、お付き合い下さい。

私は1963年(昭和38年)3月21日、大阪で生まれました。
生まれたときは丸々とした、鳩胸の元気な赤ん坊だったそうです。
父は病弱でしたが自宅での仕事請負で収入を得ており、母はアパートの管理人をしながら生計を立てていました。
私自身は一人っ子で、経済面で不自由を感じることなく育ててもらいました。

ただ、子供時代は結構精神的にはつらい時期を過ごした記憶があります。
小学校時代は気弱でわがままな泣き虫で、毎日のように学校で何か気に入らないことがあったり、友人からの言葉に
気に障ったりすると泣いては家に帰っていました。
また、団体行動がとても苦手で、遠足の帰りに一人だけ勝手に家に帰ったりして先生に怒られたり、授業中に教室を抜けて
遊び、先生に思いっきり殴られたり・・・本当に扱いにくい「問題児」でした。
でも、小学校5年と6年のときの担任の先生は、そんな私のこと、特に私の「よいところ」を見て下さり、厳しいながらも
目をかけて指導してもらいました。この先生との出会いがなければ、今の私はありません。

中学生になってから、学校生活がとても楽しく、友人もできました。運動神経はからっきしでしたが、ある程度勉強はできたので友人に勉強を教えてあげたり、塾に通ったりしながら受験勉強をしたり、「普通の学生生活」を送っていました。
高校から1年浪人し、大阪大学工学部に入学しましたが、学部の4年間は可も不可もなく、それなりに楽しく大学生活を送っていました。
その後、私の中では「魔の2年間」となる大学院生活がやってきます。研究は全く進まず、自分の出来の悪さに打ちのめされ、
気の合わない先輩との関係も良くなく、大学院の後半は研究室からの逃亡生活を送っていました。「現実」から逃げていたのです。
私の担当教授のおかげで、何とかお情けで卒業できましたが、今でも私は「史上最低の生徒」だと思っています。

大学院修了後、象印マホービン株式会社に入社し、魔法瓶に使うガス吸着剤の研究業務が私の社会人としての業務スタートでした。その後、電子レンジのOEM、電磁調理器の設計・量産化業務に携わり、「顧客のニーズを捉えてそれを見える形にすること」、及び「自社独自の機能をちゃんと知的財産として差別化すること」の大切さを実務を通じて間接的に体験し、いつしか

「自分は営業や開発のように最前線で頑張っている人たちの後方支援をする方が向いているのではないか」

と思うようになっていました。私が30歳前半のころです。
その当時、知的財産部門といえば「誰も行きたくない部門」の筆頭で、異動を命じられたとたん退職する人もいたほどの、嫌われ部門でした。
私は32歳のときに、あえてその知的財産部門への異動を希望し、3年間希望し続けてようやく異動が叶いました。
この異動が、私にとって大きな人生の転機となりました。
それ以降、50歳になるまでの15年間、一貫して知的財産(特許・意匠・商標)の取得から活用までの実務とマネジメント業務に携わり、やればやるほど業務の奥深さ、ライセンス交渉の難しさと解決時の爽快感、達成感、会社への貢献感を感じ、次の業務遂行への原動力になっていきました。

また、ちょうど小泉首相(当時)が「知的財産立国」を国家の指針の一つとして掲げ、社内でも知的財産の重要性が高まってきたこともあり、いろんな業務を経験させてもらいました。特に、自分が担当した特許や商標を活用した商品が売れたときのうれしさは格別でした。
では、なぜ会社を退職し、コンサルタントになったのか?それは、「知的財産を活用し、マーケティグとマネジメントに直結させることによって収益力を上げ、多くの中堅企業・中小企業の方々を笑顔にし、元気にしたい」という思いが強烈に湧き上がってきたからです。
「知的財産は、「見える化し、有効活用することによって必ず有益な資産となり、会社の成長・発展に貢献できる!!!」」
このことを、できるだけ多くの方々と分かち合いたくなってきたのです。
この思いを実現するため、昨年1年間のベンチャー企業での実務を経て、「サムライコンサル塾」と「グループコンサルによる
キラーコンテンツ作成」に参加して自分なりに独立の準備をし、本年3月10日に会社を設立し今に至っています。

これが私の「自己開示」です。強みも弱みも全て開示したつもりです。
今後、本ブログやいろんな方々との交流を通じて知的財産の活用について私なりの考えをお伝えしていこうと思います。
よろしくお願いいたします。